『行きましょう!今から!』


二人の部員の声は、何故か気持ちいぐらい大きかった


12月22日アメリカ遠征最終日、この日はボストン観光が予定されていた。朝、9時にホテルを出発、ジョージ・バンクロフト博士やジョン・F・ケネディーなどの政治家など多くの卒業生を出しているハーバード大学を見学、その後、MBTAと呼ばれる地下鉄でコプレー駅を目指した。最終日とあって、各スタッフ・部員も様々な目的地があったようで、コプレー駅につくやいなや、お目当てを目指してバラバラに散っていった。

集合時間は午後6時、コプレー駅直ぐの公園広場だった(⇒ビデオで集合場所を確認する)。

私は遠征中、木宮監督より借りていた【個人旅行 アメリカ東海岸】という本で、ある興味深いページを見つけていた。それはボストンから北東26km、列車で約30分の距離にあるセーラム(:Salem)という港町。明治の日本美術に大きな影響を与えたフェノロサを育てたこの町は、船舶貿易がもたらした富と文化、そして忌まわしい魔女裁判という光と闇、その両方を歴史に刻んでいる。もちろん、私の関心は後者の方であった。

セーラムは、1692年に大規模な魔女狩りが行われたエリアとして、非常に特異な歴史を持つ町だ。7ヶ月にもわたって続いた悲惨な事態の結果、20人が魔女として尊い命を落としている。しかし、今ではその魔女がセーラムの観光中心。毎年、多くの観光客が世界中からやってくる。そのセーラムには今でも自称【本物の魔女】が2500人ほど住んでいるそうだ。町の人口は4万人足らずだから、魔女の人口密度は相当だ。

そんなセーラムに関する記事を読んで、何か魔法にかけられたように訪れたい気持ちにかられていた。

コプレー駅から歩くこと20分、次駅のアーリントンに到着。ちょうど昼食の時間で木宮監督、青木コーチ、小泉と、どの店に入るか決めていたところだった。すると、ある店舗に熊谷と藤田を発見。

『木宮先生、ボストン美術館へもう一度行きたいんですが・・・一日じゃ、廻りきれなかったもので・・・。』熊谷が話した。

木宮監督は少し時間をおいて『良いんじゃない。集合時間は6時だよ。』と話すと、2人は『大丈夫です!行ってきます!』と返答した。

『ボストン美術館・・・。こいつら、こういう趣味があるんだな〜。!!!。美術館といえば、セーラムにも【魔女美術館】がある!』そう思った私は、『クマ、マー君、魔女美術館へ行かない?』と2人に近寄った。

『何ですか!これ!行きましょう!今から!』熊谷と藤田は即答だった。

そして、木宮監督と青木コーチ、小泉に集合時間の6時までに戻ることを告げ、一路セーラムへと向かった。

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